バイオリンがつないだウィーンの風景

私が20歳のとき、ウィーンでホームステイをさせていただきました。
滞在先はユッタさんという上品なマダムとの二人暮らし。
友人の紹介で住まわせてもらうことになったのですが、「彩がいると、家の中がコンサート会場みたいになるの!」と、とても喜んでくれました。

ユッタさんは、ほぼ毎日おめかしして、街の中心にあるコンサートホール「ムジークフェライン」へ出かけていました。本当に、毎日!
なぜそんなに通うのか尋ねると、「顔見知りが多くて、素敵な夜になるのよ」と笑顔で答えてくれました。
実際、ホールではたくさんの顔なじみと楽しそうにおしゃべりしていて、
コンサートそのものだけでなく、そうした交流の時間も彼女にとって素敵な時間なのだと思いました。

私も当時は5ユーロ(当時600円くらい)で立ち見ができたので、できる限り足を運びました。
立ち見席では、当時の私のような学生や観光客が多くいました。ホールの前の方には、だいたいいつも同じ顔ぶれの人たちが座っていて、
おそらく会員の方々でしょう。
そのせいか、ウィーン・フィルのチケットなど、予約がとても取りづらく、一苦労でした。
でも、それだけ人々が音楽を大切にし、音楽家を支えている証でもあります。

音楽が日常に溶け込んでいて、演奏を聴くだけでなく、人との温かな交流が自然に生まれる空気が、会場全体に流れていました。

桐朋学園高校・大学では、皆がライバルでギスギスしていて大変な時期もありました。
でも、音楽留学を通して出会えた景色や人とのつながりは、本当にかけがえのないものでした。

今、バイオリンをがんばっているみなさんにも、いつかそんな日が訪れますように!というか私は親に感謝しなきゃいけないですね。